コラム
妊娠初期に知っておきたいマタニティ歯科|赤ちゃんの歯と顎はお腹の中でもう育ち始めています
葉酸と口唇口蓋裂|歯周病と早産 赤ちゃんのお口が育つ時期にママにできる口腔ケア
「つわりで食事が思うように摂れない」「葉酸って、結局どのくらい摂ればいいの」——妊娠初期は、身体の変化とともに、分からないことも増える時期だと思います。
まだ誰にも打ち明けていない方も、家族にだけそっと伝えた方も、きっといらっしゃると思います。お腹の中では、まだ体重にすら表れない、小さな命が育っています。その小さな命の「歯」と「顔」の土台は、もうこの瞬間から作られ始めています。
マタニティ歯科——
赤ちゃんの歯と骨は、生まれる前から育ち始めています
赤ちゃんの歯のもとになる「歯胚(しはい)」は、妊娠8〜10週頃から作られ始めます。顎の骨も、ほぼ同じ頃から作られ始めます。
まだ、つわりで苦しい時期。まだ、誰にも気付かれていない時期。でも、赤ちゃんの身体の土台は、その最中にも、静かに作られ続けています。
この時期に大切な栄養素が、カルシウムとビタミンDです。カルシウムは、歯や骨そのものの材料になります。ビタミンDは、そのカルシウムを、身体がきちんと吸収できるように助ける役割を持っています。厚生労働省は、妊娠中のビタミンD摂取量として1日9μgを目安[5]としています。
歯や骨が健やかに育つためには、カルシウムやビタミンDをはじめ、様々な栄養素が必要です。
逆にビタミンAは、摂りすぎると赤ちゃんへの影響が指摘されている栄養素です。サプリメントで補う場合は、過剰摂取にならないよう、成分表示を確認してみてください。
| 妊娠期 | 口腔機能の発達 |
|---|---|
| 8週頃 | 歯板(dental lamina)の形成 ・歯の原基となる組織(歯板)が口腔上皮から出現。すべての歯の形成はここから始まる。 |
| 8-10週 | 乳歯の歯胚(tooth germ)形成開始 ・20本すべての乳歯の歯胚が形成されはじめる。口唇の形成もこの時期に進む。 |
| 9-14週 | 口蓋の癒合完成 ・上顎の天井(口蓋)が左右から癒合し完成する。この時期の障害が口蓋裂に関連する。 |
| 16-18週 | 歯冠の形成・石灰化の開始 ・エナメル質・象牙質の石灰化が開始。歯の硬組織が形成されはじめる重要な時期。 |
| 妊娠後期 | 歯冠部の石灰化が進む ・前歯部を中心に歯冠の石灰化が進む。永久歯の歯胚も形成されはじめる。 |
| 37-41週 | 出生・哺乳に特化した口腔の完成 ・哺乳に適した口腔環境が整う。舌は下顎に対して大きく、鼻呼吸しながら吸乳できる解剖学的構造を持つ。 |
葉酸について:口唇口蓋裂
妊娠初期、「葉酸を摂った方がいい」と、耳にしたことがあると思います。
葉酸の摂取が推奨されている一番の理由は、赤ちゃんの神経管閉鎖障害(脳や脊髄のもとになる組織の形成異常)のリスクを下げるためです。この効果については、医学的に広く確立されています。厚生労働省は、妊娠を計画した時点から、1日400μgの摂取を推奨しています[1]。
ただし、この400μgは、通常の食事から摂る葉酸とは別に、サプリメントなどから追加して摂る量です。妊娠の1か月以上前から妊娠3か月までが推奨期間です。
葉酸と口唇口蓋裂
葉酸の摂取が、赤ちゃんの口唇口蓋裂(唇や上顎に生じる先天的な症状)のリスクにも関わるのではないか、という研究も、数多く行われています。ただし、結果は研究によって分かれており、「予防効果がある」と断定できる段階には至っていません[2]。神経管閉鎖障害への効果ほど、確立された話ではないというのが、現状は正確な表現です。
一方で、より明確に関連が指摘されているものがあります。妊娠中の喫煙は、口唇口蓋裂のリスクを明確に高めることが、複数の大規模研究で報告されています。2024年に発表されたメタアナリシスでは、喫煙によって口唇口蓋裂のリスクが約1.5倍に高まり、受動喫煙も、能動喫煙と同程度に影響する可能性が示されています[3]。
口唇口蓋裂は、唇が作られる妊娠6〜9週頃から、上顎が閉じる14週頃までの、非常に早い時期に生じます。多くの方がまだ妊娠に気付いていない、あるいは気付いたばかりの時期です。
ただ口唇口蓋裂の発症には、遺伝的要因と環境要因が複雑に関わることが分かっており、多くはお母さんの行動だけで決まるものではありません。
なお、過去に口唇口蓋裂のお子様を出産された方などを対象に、高用量葉酸の効果を検討した研究もあります。ただし、一般的な摂取量とは条件が異なるため、自己判断で摂取量を増やすものではありません。
妊娠初期は、歯ぐきの炎症が起きやすい時期
つわりで歯磨きがつらい。歯ぐきから血が出やすくなった気がする——そう感じたことはありませんか。
妊娠中は、女性ホルモンの変化により、歯ぐきの炎症(妊娠性歯肉炎)が起きやすくなることが知られています。ホルモンの影響を受けやすい特定の細菌が、歯ぐきの中で増えやすくなるためです。
つわりの時期は、歯ブラシを口に入れること自体がつらいこともあると思います。その場合は、無理に奥まで磨こうとせず、うがいだけでもこまめに行う、ヘッドの小さい歯ブラシに変えるなど、できる範囲でもいいです。
「今日は磨けなかった」と、自分を責めないでください。その日を乗り越えているだけで、十分に頑張っています。
妊娠中、歯ぐきからの出血や腫れが気になりませんか?
妊娠中の歯周病と、お腹の赤ちゃんの「早産」や「低体重児出産」との関係は、30年近く研究が続いているテーマです。
歯周病があると「早産リスク」が上がる
1996年に発表されたOffenbacherらの研究では、歯周病と早産・低出生体重との関連が報告され、初産婦を対象とした解析では調整オッズ比7.5という結果が示されました。
その後も関連を示す研究が報告されていますが、結果には幅があり、歯周病が早産を直接引き起こすとまでは確定していません。
ですが、これは可能性がないことを示すものではなく、エビデンスとして確定するまでにはまだ足りないことを示しています。
つまり可能性はある——妊娠中の歯周病を放置してよいわけではありません。妊娠中でも必要な歯科治療を受け、歯肉の炎症を適切に管理することが大切です。
参考文献:
・Offenbacher S, et al. Periodontal infection as a possible risk factor for preterm low birth weight. J Periodontol. 1996;67(10 Suppl):1103-1113.
・Michalowicz BS, et al. Treatment of periodontal disease and the risk of preterm birth. N Engl J Med. 2006;355(18):1885-1894.
歯周病はなぜ早産に関係するのか|炎症物質と子宮収縮
歯周病と早産の関係については、炎症物質が血液を介して全身に運ばれることが、関与する機序の一つとして研究されています。
1. 歯ぐきで炎症が起きる
歯周病菌と戦うために、歯ぐきの中で「サイトカイン」という炎症物質が作られます。
2. 血液に乗って子宮へ届く
歯ぐきの出血や毛細血管を通じて、この炎症物質や歯周病菌の毒素が全身の血流に乗り、お腹の胎盤や子宮にまで運ばれます。
3. 身体が「出産の準備ができた」と勘違いする
子宮に届いた炎症物質は、子宮を収縮させるホルモン(プロスタグランジン)を増やしてしまいます。このホルモンは本来、出産の直前に分泌されて陣痛を起こすものです。
4. フライングで子宮が収縮し、早産に繋がる
まだ赤ちゃんがお腹の中で育ち切っていない段階で子宮が収縮を始めてしまい、早産につながる可能性が考えられています。
妊娠中の歯科治療は、受けても大丈夫
「妊娠中に歯医者に行っていいのか‥」と、不安に思う方は多いでしょう。
安定期(妊娠中期)であれば、多くの歯科治療は問題なく受けられます。レントゲンも、歯科で使用する量はごくわずかで、防護エプロンも併用するため、過度に心配する必要はありません。
それでも心配になるのが母親です。産科看護師の経験がお役に立てるはずです。
つわりの強い妊娠初期は、体調を最優先にしてください。痛みなど緊急性のある症状でなければ、安定期に入ってからの受診でも問題ないケースも多いです。ですが、つい後回しにしてしまい、体調がよくないのに、歯医者にも行かなくてはいけない状況は避けたいもの。
大丈夫と感じていても、体調のよい時に、まずはいらしてください。状況を共有できることが、後々の治療にも役立ちます。
そして、「悪くならないように、ご自身の歯を整えておくこと」には、赤ちゃんのためにも大切な意味があります。
妊娠中の歯科健診に最適なタイミング
- 妊娠初期(1〜4ヶ月):つわりが酷い時期。無理な治療は避け、応急処置や負担のない範囲のお手入れを行います。
- 妊娠中期(5〜7ヶ月・安定期):体調が落ち着くこの時期に、ぜひ歯科健診と歯石除去(プロによるクリーニング)を受けましょう。
- 妊娠後期(8ヶ月〜):お腹が大きくなり仰向けの姿勢が辛くなるため、負担の少ない体勢で短時間のケアを行います。
むし歯は「うつる」って、本当ですか
「赤ちゃんとスプーンを共有すると、むし歯がうつる」——そう聞いたことがある方も多いと思います。
「スプーンを分ければ防げる」という考え方には、実は、はっきりとした科学的根拠はありません。日本口腔衛生学会も、2023年に、食器の共有を避けることでむし歯を予防できるという科学的根拠は必ずしも強いものではない[4]と、正式に見解を示しています。
3歳のお子さんを対象にした調査でも、食器を共有した場合としなかった場合とで、むし歯の発症率に、はっきりとした差は見られませんでした。
ただ思い違いをされないでください。食器の共有ではうつらないのではありません。食器の共有が、理由の第一に立つようなことではなく、日常の中に感染のきっかけは多数あるということです。
生まれたばかりの赤ちゃんのお口には、むし歯の原因菌(ミュータンス菌)はいません。多くの場合、周りの大人から、唾液を介して感染することは事実です。
赤ちゃんのために、妊娠前〜妊娠中の「お口のケア」を
母親の口の中にいるミュータンス菌が多いほど、赤ちゃんへの感染リスクが高まることは、しっかりとした研究で示されています。つまり、大切なのは「スプーンを分けること」からではなく、「ご自身のお口の中を、できるだけ清潔に整えておくこと」が第一です。
先ほどお伝えした「妊娠中も歯科治療を受けていい」という話は、ここに繋がっています。今、ご自身のむし歯を治しておくこと、歯石を取っておくこと——それは、これから生まれてくる赤ちゃんへの、最初の贈り物になります。
赤ちゃんの歯と骨は、生まれてからも育ち続けます
以下の表の記載は目安としてご覧ください。◯歳だから「こうじゃなきゃいけない」ではありません。
| 出生後 | 口腔機能の発達 |
|---|---|
| 0-1ヶ月 | 吸啜(きゅうてつ)反射・哺乳反射 ・口に触れると吸いつく原始反射が活発。母乳育児が顎・口腔の筋機能発達を促す。Cカーブ抱っこが重要。 |
| 2-3ヶ月 | 姿勢と口腔発育の関係が始まる ・首・肩まわりの筋緊張が舌骨の位置に影響しはじめる。抱っこ紐の使い方が発育に関わる時期。 |
| 4-5ヶ月 | 離乳食準備期・舌の動きが変化 ・舌の動きが前後運動から上下運動へ移行。首がすわり、離乳食開始の準備が整いはじめる。 |
| 5-6ヶ月 | 離乳食開始・顎への咀嚼刺激が始まる ・適切な固さの食事が顎の骨に刺激を与え発育を促す。柔らかすぎる食事は顎への刺激が不足する。 |
| 6-8ヶ月 | 初めての歯(下顎乳中切歯)萌出 ・下の前歯2本が最初に生える。噛む力が顎の発育をさらに助ける。口腔ケア開始のタイミング。 |
| 8-10ヶ月 | 上顎乳中切歯萌出・口腔機能が急発達 ・上下の前歯が揃い噛む動作が安定。舌の使い方が急速に変化する重要な発達期。 |
| 10-12ヶ月 | 乳側切歯萌出・姿勢と呼吸の確立期 ・つかまり立ちが始まり姿勢と呼吸の関係が重要になる。1歳までの過ごし方が将来の歯並び・呼吸の土台を決める。 |
| 出生後 | 発達のサイン | 口育・呼吸との関係 |
|---|---|---|
| 0-2ヶ月 | 原始反射・吸啜反射 ・モロー反射、把握反射が活発。哺乳の吸いつきが強い。 | 吸啜反射が顎の筋肉を鍛える。Cカーブ抱っこが首・肩の過緊張を防ぎ、鼻呼吸を促す最初の基盤となる。 |
| 2-3ヶ月 | 腹臥位での頭部挙上 ・うつ伏せで頭を持ち上げ始める。頸部筋が発達する。 | 頸部の筋力発達が舌骨の安定に直結。うつ伏せ遊び(タミータイム)が体幹・呼吸筋を育て、口腔機能の土台となる。 |
| 3-4ヶ月 | 首すわり(頸定) ・頭部を自力で保持できるようになる。 | 舌骨が安定した位置に保たれやすくなる。嚥下・鼻呼吸機能が向上する重要な節目。首がすわることで抱っこの姿勢の選択肢も広がる。 |
| 4-5ヶ月 | 寝返り ・仰向けからうつ伏せへ。体幹の回旋運動が始まる。 | 体幹の回旋が発達し、姿勢保持の土台ができる。離乳食開始の準備期と重なり、舌の動きが前後から上下へ移行しはじめる。 |
| 5-6ヶ月 | 支持座位 ・支えると座れる。体幹筋が発達してくる。 | 上体を起こす筋力が発達。離乳食開始と重なり、咀嚼の刺激が顎の骨の発育を後押しする。この時期の食事の固さが顎の成長を左右する。 |
| 6-7ヶ月 | ずり這い(はいずり) ・腹部を床につけたまま前進。四肢と体幹の協調運動。 | 体幹・上肢・頸部の協調的な筋力発達が進む。この運動が肩甲骨まわりの筋肉を鍛え、肩甲舌骨筋の過緊張を防ぐ。舌骨の位置が安定しやすくなり、鼻呼吸の維持に好影響。 |
| 7-8ヶ月 | 独坐(お座り) ・支えなしで安定して座れる。 | 抗重力姿勢の基礎が確立。座位が安定すると食事中の姿勢も整い、咀嚼・嚥下機能が正常に発揮されやすくなる。口呼吸の兆候が観察しやすいのもこの時期。 |
| 8-9ヶ月 | 四つ這い ・手と膝を使って這う。上肢・体幹の筋力が必要。 | 四つ這いは体幹・肩甲帯・頸部を総合的に鍛える。ずり這いを飛ばした場合、肩まわりの筋力発達が不十分になることがあり、舌骨の安定に影響する場合がある。 |
| 9-10ヶ月 | つかまり立ち ・物につかまって立ち上がる。下肢・体幹の筋力が急発達。 | 重力に抗して全身を保持する力が整う。頸部・肩甲帯の正しい姿勢が維持されることで、舌骨の位置も安定し口呼吸になりにくい体の土台が完成に近づく。 |
| 10-11ヶ月 | つたい歩き ・壁や家具を伝いながら横移動。バランス感覚が発達。 | 重心移動の習得が体幹の安定をさらに高める。乳側切歯が萌出し、前歯での噛み切り動作が始まる時期と重なる。食事形態の見直しのタイミング。 |
| 11-12ヶ月 | 独立歩行へ 支えなしで数歩歩ける。全身の協調運動が完成に近づく。 | 1歳までの全身発達が、顎・呼吸・姿勢の土台を決める。ここまでの過ごし方が将来の歯並び・鼻呼吸の獲得に大きく関わる。1歳を迎えたら口腔の状態を専門家に診てもらう機会を。 |
出産後も、私たちがサポートします
私たちは、妊娠に気付いたその日から——あるいは、妊娠を考え始めたその日から——できることがあると信じています。
歯や顔の土台は、生まれてから作られるのではありません。歯が一本もない、この時期からすでに、静かに、確かに、育ち始めています。だから私たちは、歯が生えてからではなく、妊娠中から始まるお口づくりを「マイナス0.5歳から始めるお口づくり」と考えています。
栄養を整えること、ご自身のお口を清潔に保つこと、そして出産後は、抱っこの仕方や離乳食の進め方——これらすべてが、一本の線で繋がっています。
赤ちゃんが生まれた後の、抱っこの姿勢、正しい授乳の仕方、離乳食の進め方——これらについては、当院の「赤ちゃん歯科」で、実践を交えてお伝えしています。
まだ誰にも会っていない、その小さな命のために、今できることがあります。
赤ちゃんのお口づくりは、歯が生えた日からではありません。お母さんの妊娠中から、もう静かに始まっています。
参考文献:
[1] 葉酸とサプリメント-神経管閉鎖障害のリスク低減に対する効果.健康日本21アクション支援システム(厚生労働省) https://kennet.mhlw.go.jp/information/information/food/e-05-002.html
[2] Jayarajan R, Natarajan A, Nagamuttu R. Efficacy of Periconceptional High-Dose Folic Acid in Isolated Orofacial Cleft Prevention: A Systematic Review. Indian Journal of Plastic Surgery, 2019
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6785341
[3] Maternal factors increase risk of orofacial cleft: a meta-analysis. Scientific Reports, 2024
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11568291
[4] 乳幼児期における親との食器共有について.一般社団法人日本口腔衛生学会,令和5年8月31日
https://www.kokuhoken.or.jp/jsdh/statement/file/statement_20230901.pdf
[5] 日本人の食事摂取基準(2025年版)策定検討会報告書.厚生労働省
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この記事を書いた人
院長:岡井有子
大阪歯科大学大学院歯学研究科修了:歯学博士
医療法人社団セントワ理事長
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